瀬戸内レモン

様子がおかしく語彙がない

男性用下着を買った日

今日、生まれて初めて男性用下着を買った。

 

9月22日金曜日。世間が華の金曜日と呼ぶならば、私にとってこの日は四基連結フラスタ金曜日と呼べよう。

仕事が終わって即新幹線に飛び乗り、東京へ向かうことになっている。目当ては週末に開催される推しアイドルグループのワンマンライブだ。楽しい週末の、幕開けの日であった。

そのため、普段の仕事用カバンではなくお出かけ用のミニバッグと遠征用の大き目ボストンバッグを持って出勤している。服装も、普段なら目についたトップスとボトムを最低限上下柄でないことだけを確認して雑に選んで着るところを、ひらひらとしたブラウスと三日間着まわせるようにシンプルなスカートというやや浮かれ気味なコーディネートに身を包んでいた。

上司のデリカシーがなければ「おっ(笑)この後彼氏とデート?(笑)」なんて言われてしまいそうなものだが、幸い私の職場にはそんな人間はいない。正しくは、職場でほぼ世間話をしない私に言ってくる人は。

が、そんな浮かれ気分がとんだトラブルを引き起こした。

それは午前11時。仕事の合間に化粧室へとエスケープし、つかの間休息をとっていた時のことだった。手洗い場の前にある大きな鏡の前で衣服の乱れがないか見ているときに、ふと気が付いたのである。

めっちゃスカートからパンツ透けてる……と。

浮かれた着回ししやすいひらひら白スカートは、夏物セールで1500円で買った安物だった。白くて長くて安いやつという理由だけで選んだので、少々安っぽいつくりではある。普段遊びに行くときは下にベージュのペチコートを仕込んでいたものを、今日はすっかり忘れてしまっていた。

透けているといっても言われて気づく程度で、布を肌に押し付けさえしなければよっぽど目ざとい人でなければ他人にはバレないだろう。

しかし、気づいてしまった以上気にならないはずもなく。

できることなら早めに手を打っておきたいが、仕事中に服を買いに行く時間などない。そして、仮にそれが可能として、午前と午後でボトムスが違っていたらまた別の誤解が生まれかねない。一番いいのは手近でペチコートが手に入ることだが――と考えて、気がついた。

私が恥ずかしいと感じるのは、下着の色がばれることではない。真に恐れているのは、通りすがりの男性に「あの女の人パンツ透けてる」と思われるよりも、同性に下着が透けてることを指摘されることだ。

要は、透けているのが下着だとばれなければ問題ない。

私はすぐに、コンビニへと向かった。職場はオフィス街なので、最寄りのコンビニまでは五分とかからない。

治安の悪い地域ではないものの、店舗前には迷惑行為対策に「録画しています!」という張り紙があり、「スケスケパンツも録画されちゃってるね…」と成人向け漫画の言葉責めみたいなしょうもないことを考えた。

店に入ると、近年充実した肌着エリアでは、キャミソールやシャツが取り扱われていた。いずれペチコートも取り扱ってほしいものだが、まあそれが高望みであるというのは承知の上。私が手に取ったのは、男性用下着だ。

正午過ぎの昼飯を買い求める人でできたレジ待ち長蛇の列に私は何食わぬ顔で並んだ。男性用下着一つを手に。

エロ本を買う男性がごまかしついでに一緒に関係ない本もレジに持ってくる……的なノリで一緒にロムアンドのリップを買おうかと思ったが、それもやめた。ただの緩い物欲に身をゆだねるための言い訳でしかなかったため。

この時、私の頭の中にあったのはスッケスケの自身のパンツではない。架空の、うんこを漏らしてしまった男友達だった。

私は男友達のために男性用下着を買うのである。出先でうんこを漏らしてしまった彼をからかうことなく、「しゃーない」と最低限の言葉で慰め、トイレにこもりきりの彼のために下着を買いに行き、その後また下着を履き替えた彼に何食わぬ顔で接するのだ。

すべては友情のため。そんな妄想を脳内で繰り広げながら、男性用下着を買った。

レジを担当してくれたのは白髪のおじいさん店員だった。訝しまれるかと思ったが一日に何人も接客するコンビニ店員が一客の買い物を気に留めるはずもなく。

「ID決済で」私が発したのはその一言だけで、あっさり会計が済むと、すぐに店を出て足早に友人のもとへ向かった―—という設定で、会社に戻って下着の上から履いた。

化粧室の鏡で再び自分の姿を確認する・うっすら黒色が透けることには変わらないが、シルエットがショートパンツに似ているので、目ざとい人が見ても「黒のインナーパンツ履いちゃったんだな」と思われることだろう。これにて万事解決、というわけだ。

ちなみに初めて履いた男性用下着の肌触りは非常に良かった。無印良品の企業努力のたまものである。そして、それをコンビニで手軽に手に入れることができるローソンにも感謝の意を表したい。

残った問題は、家族がおそらく洗濯してくれることになるこの下着をどうするか、だ。